香港から”チャイニーズ・ドリーム”を目指す日本人

2020年4月12日

↑香港の中心部・セントラルで風になびく香港の旗と中国の旗

 

中国という国はとにかく広くて多様。それぞれの場所で発展レベルは違うし、人の考え方や習慣、言葉まで違う。だから僕は、中国各地にいる日本人にそれぞれどんな経験をしているのかインタビューしたかった。

カバーしたい場所はたくさんあるが、その中でも絶対に外せない場所のひとつが香港だった。

香港は「中国であり中国ではない場所」。言い換えると、香港は中国という国の一部ではあるものの、一国二制度という制度により、中国大陸とは違った制度が適用されている全然違う場所。

問題もいろいろあるが一応選挙や言論の自由はある。大陸ではネット規制で使えないインスタグラムやYouTube、グーグルなども香港では自由に使うことができる。

中国広しと言えど、このような特殊な場所・特別行政区は香港とマカオしかない。

香港と日本の関わりもけっこう深い。香港は長くアジアの金融センターとして発展してきたこともあり現地に駐在して働いている日本人は多い。また、大陸と比べても香港へと旅行や留学に行く日本人は多い気がする。

そして何より、香港人の考え方が中国大陸の人のものとはかなり違うという点と2019年春から大規模なデモが継続しているという点が香港を絶対に見逃せない理由だった。

たくさんいる日本人の中から僕が話を聞いたのは「若い学生」。今回のデモの熱量からもわかるように、香港の若者層の考えや行動がこれからの香港と中国大陸の関係に特に重要になってくると感じ、彼らに近い日本人学生の経験を聞いてみたかった。

無事にインタビューのアポが取れると、僕はまるで完璧に同じ国を移動するかのように深センから香港へと高速鉄道で移動した。移動時間はたったの14分。(いろいろな意味で)すごいなーと思いつつ、インタビューと彼が案内してくれる飲茶レストランが楽しみだった。

 

↑有明さん(左)と香港の飲茶レストランにて

 

今回のインタビューを受けてくれたのは香港在住の有明さん(仮名)です。有明さんは愛知出身の25歳です。スウェーデン留学と香港留学を経験した京都大学を卒業後、東京で1年半働き、2018年8月から香港の大学院でコンピューターサイエンスを学んでいます。

香港滞在歴は学部時代の香港留学と今回の大学院留学などを合わせて計2年弱です。

これからは、香港で博士課程に進学し更なる研究を進める予定だそうです。

 

インタビューでは有明さんのバックグラウンドやキャリア、香港の大学院への進学、香港と中国での経験、香港デモなどについて聞いていきます。

インタビュー内容

▶︎大学時代の経験/キャリア

▶︎香港の大学院への進学

▶︎中国に対するイメージ/香港と中国の人の日本に対するイメージ

▶︎香港と中国での日本人としての経験

▶︎香港人の考え方

▶︎香港デモ

▶︎編集後記

 

大学時代の経験/キャリア

Kazuki:まず香港の大学院に来るまでのバックグラウンドを教えてください。

有明さん(以下、敬称略):私は愛知出身で、大学は京都大学経済学部に行きました。

大学2年の時には、スウェーデンへと半年間の交換留学に行き、経済学を学びました。当時は英語がまだ得意ではなく、私の英語力で行ける場所がスウェーデンとタイのみだったのでスウェーデンに行くことにしました。

スウェーデンから帰国すると、今度は香港にも半年間の交換留学に行き、そこでも経済学を勉強しました。

京都大学を卒業すると、東京でサーバーの開発に携わるエンジニアとして働きました。ただ、元から海外の学校に進学するまでブランクをつくらないために働いていただけでした。そして1年半くらい働くと、2018年9月からは香港の大学院へと進学しました。

これらを経て、今では英語に加え、中国語と広東語もある程度できるようになりました。

 

↑香港には中国大陸とは違った独特な雰囲気がある

 

香港の大学院への進学

Kazuki:なぜ仕事を辞めてまで2回目の香港留学に来たんですか?

有明:それは”チャイニーズ・ドリーム”を叶えるためです!

よく聞き覚えのあるのはアメリカン・ドリームだと思いますが、それは“チャイニーズ・ドリーム”とは多少異なります。アメリカン・ドリームとは「個人が均等に与えられた機会を活かし、自らの努力で成功を勝ち取ること」ですが、一般的によく言われる”チャイニーズ・ドリーム(中国夢)”とは、単純に言うと「共産党に率いられた中国という国家が政治・経済・軍事などを強化し、世界の大国に成ること」です。

一方、私は個人の”チャイニーズ・ドリーム(中国人の夢)”を叶えるために香港に来ました。

個人の”チャイニーズ・ドリーム(中国人の夢)”とは、「個人が国家主導のプロジェクトを活かし、先端技術を身に付けることで成功を勝ち取ること」だと考えています。例えば、中国は貪欲に最先端技術の取り入れや開発を行っています。そして、私は自分の好きな技術や研究で大きなチャンスを得たいと思っています。

そのためには、特にコンピューターサイエンスが重要です。だから、香港の大学院での専攻も、学部時代に日本・香港・スウェーデンで学んだ経済学からコンピューターサイエンスに変えました。コンピューターサイエンスは、おもしろい・お金になる・”チャイニーズ・ドリーム(中国人の夢)”に近い分野だと思います。

ちなみに、私は2020年夏に修士課程を修了した後には、引き続き香港でコンピューターサイエンスの博士課程にも進むことになっています。

香港の大学院に来た他の理由としては、自分の語学や能力で行けた点や、奨学金が充実している点、自分の研究分野に合う学校があった点、リサーチ系の学生は学校から給料をもらえる点などもありました。

ただ、自分の好きな技術や研究で成功するためには別に香港にこだわっている訳ではありません。香港じゃなくても、中国大陸やシンガポールなどの中華圏で”夢”を追っていきたいと思っています。

 

↑ギラッギラの香港の夜景

 

Kazuki:なぜ”チャイニーズ・ドリーム(中国人の夢)”を叶えたい、というかお金持ちになりたいと思ったんですか?

有明:私は自分が貢献した以上の給料がもらえることはないと思っています。そういう意味で、給料が多くもらえる場所で働くことは、自分が社会に対して大きく貢献できる可能性が高いことだと思いました。

中国を選んだのは、お金持ちになれる可能性が一番高い場所だと思ったからです。中国の経済が強いことはもちろん、私自身が中国の文化に興味を持っていたこともあります。だからこそ、経済と文化のバランスがうまくとれた中国を目指そうと思いました。

私はスウェーデンやハンガリーの文化も好きなんですが、経済は弱いので目指そうとは思いませんでした。同じ考え方でいうと、中国も経済がなければ目指していなかったかもしれません。

 

↑香港に林立する高層ビル群。海外から香港に移り住んで働いている外国人は多い。

 

中国に対するイメージ/香港と中国の人の日本に対するイメージ

Kazuki:中国の文化には興味があったということですが、そんな中国に対してはどんなイメージを持っていましたか?

有明:中国は好き嫌い関係なしに絶対に学ばなければならない存在だと感じています。中国のことを一括りにして話す人もいますが、そんな単純な存在ではありません。

また、中国は頭が良いので、そんなすごい国が日本の隣にあるということはとても大変だなとも思っています。

 

↑香港の飲茶を食べながら有明さんとの話をメモした。どれもすごくおいしかった。

 

Kazuki:では逆に、香港や中国の人は日本に対してどんなイメージを持っているように感じますか?

有明:香港の人に関して言うと、台湾ほどではないもののとても親日的な人が多いと思います。

「日本が好きだよ」って言ってくれる人も多いし、私を日本人と知ると良い扱いをしてくれるような人もいます。年配の人でも、日本に対する印象が良い人は比較的多いと思います。あと、香港には日本料理屋がとにかくいっぱいあります。

ただ、最近の若い人には韓国文化への人気がすごいので、特別日本のことが好きということはないかもしれません。大体25歳以上の香港女性の多くが一回は日本語を勉強したことがあるとは聞いたことがあるんですけどね。今の若い人は韓国語を勉強したことのある人が多いです。

 

↑街中でたまたま見つけたイオン。香港には日本のお店がとても多い。

 

↑地下鉄の車内に貼られていた韓国旅行のポスター

 

香港と中国での日本人としての経験

Kazuki:そんな香港あるいは中国では、自分が日本人だからという理由で経験した出来事などはありましたか?

有明:私は香港に2年弱いますが、香港では私が日本人だからという理由で嫌な思いをしたことはありません。また、そのようなことを経験したことがある人も知りません。ただ、香港の人がみんな日本のことを好きかというとそういう訳でもないと思います。

香港は日本との歴史についてそこまで騒いでいませんが、香港にいたイギリス軍が日本に追い出され、香港が日本に占領されたという歴史はあまり良いこととしては捉えられていません。今でも日本と戦った香港人の石碑があったり、香港の地名に日本の占領時代に由来するものが残っていたりします。

尖閣諸島問題や慰安婦問題に関しても、民主派などは言及することがありました。だから、日本のことを好きな人が多い香港でも、第二次世界大戦時の日本の行動が肯定的に捉えられている訳ではありません。

今のところ基本的に香港は黙っていますが、それは中国が表向き黙っているからなのか、日本との経済関係を重視しているからなのか、香港の教育が大陸と違うからなのか、香港と大陸の関係が影響しているからなのかはよくわかりません。

あと、香港では日本人という理由で嫌な経験をしたことはないと言いましたが、香港のすぐ近くにある中国大陸の都市・深センでは微妙な経験をしたことがあります。

それは、深センで会った中国の小さな子供が、私が日本人だということを知ると目を真ん丸にして、「中国人は日本に行くといじめられる」と言ってきたことです。その子供は、私がその場所を離れた後もずっと私のことを見ていました。

中国大陸では、今でもたくさんの抗日ドラマも放送されています。香港と日本の歴史について話しましたが、香港ではそんなことありません。

 

↑香港の中心部・セントラルでたまたま見つけた尖閣諸島や慰安婦問題に関する掲示物。中国語、英語、日本語、韓国語などで主張が書かれていた。

 

香港人の考え方

Kazuki:例えば、中国大陸の中国人は国と人を区別して考える傾向が強いと言われていて、実際、日本の政治にはネガティブな一方で日本人や日本の文化に対してはポジティブという中国人はとても多いです。香港の場合だとどのように考える人が多いんでしょうか?

有明:最初は香港の人も基本的には国(政治)と人を分けているような印象がありましたが、最近になって急に政治と人レベルの区別がなくなってきたように感じ困惑しています。

例えば、香港には以前から中国大陸の政府を嫌いだという人が多くいました。だから、香港人の中国人に対する態度はあまり良くなかったんですが、それでも彼らが何か物理的な行動を起こすということは全然ありませんでした。

でも、2019年から続く香港でのデモが激しくなるにつれ、今では中国大陸の人が攻撃されることも増えてきました。イメージとしては、多くの香港人が中国人という”人種”をヘイトし始めたような感じです。ただ、香港人自身の親族には大陸出身者も多いので、どういった基準で攻撃対象を選んでいるのかはわかりません。

あと、その流れで香港人の日本に対する考え方を見てみると、最近では民主主義国だから日本が好きで、ひいては日本人も好きという人が出てきているように感じます。

 

↑香港人はいま何を思うのか

 

香港デモ

Kazuki:僕も香港人と中国大陸の人の関係がとてもギクシャクしているということは色々な場面で聞いたことがあります。

例えば、僕の中国人の友人は家族で香港に行った時、彼らに対して明らかに態度が悪い香港人に何度か遭遇したことがあったらしく、もう香港には行きたくないと言っていました。また、私の香港人の友達は香港では中国語ではなく英語を話した方が良いと言っていました。

香港でのこのような変化には、2019年春から継続している香港デモが影響していると思いますが、最近の状況はどんな感じなんでしょうか?

有明:今でも(注:2020年1月時点)ランチタイムや週末にデモは起きています。でも、最近ではもう山場を超えたので激しいデモは減ってきました。

まずそのきっかけになったのは、2019年11月に発生した香港デモ隊の大学立てこもり事件でした。この事件では、大学に籠城していた勇武派と呼ばれる多くの人たちが逮捕されることになりました。勇武派は一番過激な活動をしていた人たちだったので、彼らの逮捕で勇武派の限界が見えてきました。

そんな中、同じく11月に行われたのが香港の区議会選挙です。この選挙では、デモを行ってきた民主派の勢力が8割超の議席を獲得し、親中派に圧勝しました。これにより、勇武派のような活動以外にも政治的な手段で政府に要求をすることができるようになりました。

香港社会が前より安定してきたのは良いのですが、社会の分断は進んでいます。

平和的なデモが行われている一方、中国人に対するリンチ事件も起きています。以前であれば、例えば空港で中国人記者がリンチされたときに謝罪声明が出されるということもありましたが、今では表立った批判は聞かなくなり、雰囲気として謝罪しなくても許されてしまっているようにも感じます。

他には中国との境界近くにある町で、中国人は来るなといった趣旨のデモが行われています。親中派が運営する店の利用を控えようという運動もあり、例えば政府系の地下鉄・MTRの代わりにバスを使うようにしようという活動がありました。

このようなことが起きている原因の一つとして、香港警察の問題もあります。警察がデモ隊を検挙する際に暴力をふるったという事件も起きていますし、デモ隊の思想(親中派か反中派)で対応を変えているのではないか、と感じさせるような出来事も起こっています。

 

↑2019年春に始まった香港デモはもう1年以上も続いている。これからいつまで続き、そして香港はどこに向かっていくのか。

 

Kazuki:香港人の中国との付き合い方に対する苦悩が感じられます。こんな複雑な状況の中、香港の人たちは今どんなことを望んでいると思いますか?

有明:デモが始まった一番最初のきっかけは、いわゆる「逃亡犯条例」の改正でした。しかし、それは結果として撤回されたのでもう問題ではありません。今では5大要求とも言われるように、警察の暴力などに対する独立した調査委員会の設置などが要求されています。

ただ、香港人の一番の不安は「2047年以降の香港がどうなるのか」という点だろうと思います。2047年とは、1997年から50年間は香港に高度な自治を認めるとした「一国二制度」を、中国がここまでは維持すると約束した最後の年です。

私が2年前に香港に来た時、私の友人は「2047年以降も香港は香港のままだ」と言っていました。しかし、一連の騒動の中で香港の将来について不透明感が増し、今ではそうはっきり言える人は少なくなったと思います。だからこそ、強く声を上げるようになったのかもしれません。

ちなみに、香港独立派はそこまで多いわけではなく、私自身は独立派を見たことはありません。

 

↑香港と中国大陸の”連結性”を高めた世界一の海上橋・港珠澳大橋。橋は香港と中国大陸の珠海、マカオをつないでいて、相互の移動がより簡単になった。

 

Kazuki:有明さん自身は香港デモによって何か影響を受けましたか?

有明:デモが特に過激だった時、大学が”戦場”になる恐れがあったので私たち留学生は大学が用意してくれた深センのホテルに避難しなければなりませんでした。その時は大学と深センをつなぐシャトルバスが頻繁に運行されていました。留学生が国外へと避難できるようにするため毎日空港へのシャトルバスもありました。

そして、授業は全てオンラインで受けるようになりました。オンライン授業はどこからでも受けることができるので、日本人の学生の中には日本に帰って日本から受けている人もいました。他の大学の中には学期が途中で強制終了した場所もありました。

香港に戻ってからは、毎週末のように駅が閉鎖されたり終電が前倒しになるなどの処置が取られるようになりました。その時は家から出られなくなる可能性を考えて食べ物などを蓄えてはいました。最近ではデモが落ち着いてきたこともあり、地下鉄の時間制限などはなくなってきました。

 

↑高層ビル群の下を走り抜ける2階建ての香港トラム。

 

編集後記

イギリスによる約150年間の支配の歴史と一国二制度に象徴されるように、香港は中国大陸とは異なるとても独特な場所だ。僕は何回も香港に行ったことがあるが、その度に中国とは違う何かを考えさせられる。

今回の場合、中国の大都市・深センから高速鉄道に乗ってたった14分で香港まで移動したので、なおさら違いが感じられた。人なのか、街並みなのか、雰囲気なのか、それはよくわからないが、超至近距離にある香港と中国の違いはおもしろい。

それと同様に、香港の人の日本に対する印象は、中国大陸の人のそれとは違く感じられる。有明さんの話にもあったが、香港には日本に対して良い印象を持っている人が多い。僕の香港人の友達でも、しょっちゅう日本へと旅行に行っているという人が何人か思い当たる。香港にいても、日本料理屋の多さには驚かされる。

一方、有明さんが指摘したような、日本と香港の歴史に関する問題はとても興味深い。日本では歴史問題といえば中国や韓国とのものとばかり捉えられがちだが、実際は香港などとも意見が対立することはある。よく思い返してみると、以前には香港などの活動家が尖閣諸島へと上陸したこともあった。

また、インタビューを終えた後に香港の中心部・セントラルを散策していて偶然気が付いたが、尖閣諸島や慰安婦問題についてたくさんの横断幕を掲げている場所もあった。それは一部の特に強い主張を持った人たちによるものかもしれないが、ただ、他の香港の人たちも完璧に日本を好きなだけという訳でもないだろう。

 

↑香港の中心部・セントラルでたまたま見つけた尖閣諸島問題に関する掲示物。

 

↑香港の中心部・セントラルでたまたま見つけた尖閣諸島問題に関する掲示物。

 

↑香港の中心部・セントラルでたまたま見つけた慰安婦問題に関する掲示物。

 

あと、有明さんが明確に経済的な成功を求めて香港に来たというのもとても興味深いことだ。

僕は北京など中国大陸の都市にいる日本人留学生と話したことが比較的多いが、大抵の日本人は国際関係や文化系のことを学んでいる人が多いように感じる。確かに、経済を学んでいる人もいるが、ここまで明確に中国(あるいは中華圏)で成り上がってやろうと考えている日本人に会うことはなかった。

大きな目標を持っていてとても良いなと思う一方、このような優秀な人材が日本を離れていってしまうのは残念というか、何かやるせない気持ちになりますね。

 

↑香港のモンスターマンションにて。この香港らしい建物を見に来る日本人観光客は多い。

 

(インタビュー:2020年1月下旬)

 

【なんでも相談のってます:期間限定】↓↓↓

無料でなんでも学生の相談にのります!!!(有料ですが社会人もOK)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です