コロナ禍の苦悩と今できること。(***21)

2021年1月22日

 

コロナ禍の広州で始めた「なんでも相談」。本当に誰でもなんでもいっぱい話して良い経験になった。

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急に無期限中断に追い込まれた中国全ての省と全ての世界遺産への旅、「ミドルキングダムの冒険」。僕は、武漢が封鎖された翌日の2020年1月24日に広州へ滑り込んだものの、厳しい移動制限や観光地の閉鎖などで広州から動けなくなった。

 

でも、僕はまだあきらめていなかった。まだ、本気で、残りの全ての旅を終えるつもりでいた。だから、コロナ禍の広州でただただ待つのはかなりつらかったが、なんとか耐え続けた。

 

52日後の3月16日、僕は少しの希望にかけて、とうとう旅を再開することにした。でも結果は、すぐに次の街から広州まで追い返され、もう今は、旅をすることができないことがわかった。僕が、ミドルキングダムの冒険を達成できないと確定した瞬間だった。

 

僕は、目標を失った。広州に居続ける理由を失った。北京の大学院に戻って修士論文の発表と荷物の回収をするという事務的なやることは残っていたが、そもそも北京にだって行けっこなかった。

 

とはいえ、僕はこのタイミングで日本に帰る気も全くなかった。次の予定との兼ね合い上、5月下旬くらいまではまだ好きにできる時間があった。

 

僕は、問題があれば、それを避けるよりもむしろ実際に自分の目で見たい人だ。新型コロナウイルスのパンデミックは中国から始まった。そして、(少なくとも初期段階では)この問題の激震地は中国だけのはずだった。じゃあ、こんな絶好の機会を逃さず、中国を見てみよう。

 

だから、僕は目標を失った後も中国に残り続けた。でも、旅を完璧に断念した3月17日から、帰国する5月17日までの2ヶ月間はとてもつらかった。すでに18話目で詳しく書いたように、生活が乱れに乱れたからというのもあるが、単純に、やはり、目標なしでは体が動かなくなってしまったからだ。

 

動画をつくったり、写真をまとめたり、記事を書いたりとすることはあったが、それでも、最強にモチベーションが上がらなかった。結局、4月上旬くらいまでは、だらだら、だらだらとして過ごしたが、すぐにしんどさのピークがきた。

 

「まじでやばい。どうしよう。だるすぎる。」

「旅がもうできなくなっちゃったのはしょうがない。やれるだけやったから後悔はない。」

「でも、いま、何か意味のあることがしたい。」

 

僕は考えた。いま、この状況の僕は、何をすべきなのか。母親とも電話する機会があったので、僕だからこそ、何をすべきなのか相談した。そして、ミドルキングダムの冒険のけじめとして、二つのことをすることに決めた。

 

一つ目は、この記事もまさにその一部だが、「旅とパンデミック***」というシリーズを書くことだった。これも、すでに1話目で書いているが、僕はパンデミックという出来事の移り変わりを震源地である中国で間近で見てきて、また大きな影響を受けてきた身として、旅とパンデミックに関する様々な経験をまとめておくことに大きな意味があると思った。このパンデミックは、歴史に大きく残る重大な事件だ。だからこそ、個人の記録だとしても、それは後々もしかしたら重要な歴史になってくるかもしれないと思った。

 

特に、僕はパンデミックによる広州への影響を、頻繁に、そして細かく、写真や動画として記録していたこともある。また、僕はパンデミックが始まる直前に武漢を訪れていて、どこかこの問題に”近さ”を感じていたので、その意味でも、このパンデミックとの間にけじめがつけたかった。

 

ホームページで「旅とパンデミック***」についてまとめた。コロナ禍の中国に残って街を観察し続けたからこそ、記録しておきたいことがたくさんあった。

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「旅とパンデミック***」は、2020年4月11日から書き始めた。本当は、毎日800文字くらいでサクッとまとめて帰国するまでには終わらせようと思っていたが、全然予定通りには進まなかった。記事を書く間隔はどんどん広がり、記事の内容もどんどん分厚くなっていった。でも、旅とパンデミックに関して、僕がわざわざ限界まで中国に残り続けたからこそ知り得たこと、得た経験、全てを網羅的にまとめることができている。

 

これがただの日記ではなく、おもしろい読み物・貴重な歴史の記録になればいいな〜〜。ここまで読んでくれた方、どうですか?

 

ちなみに、「旅とパンデミック***」はこの記事で21話目だ。次のもう1話、22話目まで書いて完成する。あの日、不穏な雰囲気の中、広州に駆け込んでから(そして動けなくなってから)ちょうど1年の節目にあたる2021年1月24日には書き終える。

 

コロナ禍の広州で始めた二つ目のことは、オンラインの「なんでも相談」だ。これは、文字通り、僕がなんでもいいから誰かの相談にのるというものだ。基本的には学生向けに無料でやるというのがメインだったが、社会人でも有料でよければ受け付けることにした(日本に帰国後はみんなタダにした)。

 

宣伝するためには、自分でチラシとなる画像を2枚つくった。「なんでも相談」とは何なのか説明するものと、僕のプロフィールだ。プロフィールには、僕がこれまでにどのような経験をしてきたのかとか、どのようなスキルがあるのかなどについて詳しく書いていた。だから、それを見た人が、「何か相談したいな〜」と思って連絡してくれることを期待した。

 

一番最初につくったチラシ(「なんでも相談」についての紹介)

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一番最初につくったチラシ(僕のプロフィールの紹介)

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そもそも、このようなことからは全く想像できないかもしれないが、僕は本来、ネットなどに個人情報をさらすことが絶対に嫌いな人だった。最初は、SNSのアカウントを持つこと自体嫌だったし、自分が何かを投稿するなんてあり得ない、友達の投稿にいいねを押すことさえも気が引けた。じゃあ、なぜそんな僕が、個人情報をだだ漏らしにしてまで「なんでも相談」を始めたのか。

 

その一番最初のきっかけは、ツイッターでたまたま見かけたこんな投稿だった。

 

若い女性:「1時間3000円で私とZoom飲みしませんか?」

若い男性:「Zoom飲み会で中国テックについて話します!1時間3000円!」

 

それは、日本でとうとう緊急事態宣言が発令され、急激に様々なことがオンラインに移行してきていた時期だった(2020年4月)。とはいえ、正直、こんな投稿はアホらしいなと思った。なんで画面越しに若い女性と飲んで雑談するだけで1時間3000円もするんだよ、とか、なんで知識も経験もよくわからない奴と中国テックについて話すだけで1時間3000円もするんだよ、とか、思った。

 

でも、彼らのそんなアホらしい宣伝も、少し視点を変えるととても新鮮に見えた。いまだったら、こんなに簡単にオンラインでなんでもできてしまうということに気がつかされたからだ。そして、こんなよくわからない人達がなんとなく話してお金をとっているくらいなら、じゃあ、僕も全ての知識と経験をフル活用して誰のどんな悩みでも無料で相談にのってみようと思いついた。

 

特に何か支援してあげたいなと思っていたのは学生だ。ちょうどこのとき、日本では、休校と緊急事態宣言により学校に戻れなくなった学生たちが困っているとニュースになっていて、僕は彼らのことを気にかけていた。

 

「夢だった留学に行けなくなっちゃった」

「ずっと目標だった会社が採用をやめちゃった」

「こんな状況の中でどんな学生生活を送ればいいのかな」

 

みんな、それぞれの立場と状況の中で、様々な困難に直面していた。

 

そんな彼らに対して、なんでもいいけど僕なら少しは相談にのれて、少しは力になれるかもしれないと思った。もちろん、コロナなんて経験したことないが、彼らが悩んでいることや考えていることの多くは、僕も通り抜けてきたものだったからだ。

 

僕は、大学に5年半、大学院に2年間いた。その間には、アメリカと中国への留学、バックパック旅、国際機関インターン、国際会議、休学、ギャップイヤー、就活など、ヘンテコな経験をいっぱいしてきていた。しかも、そのような経験はどれも一筋縄だった訳ではなく、僕はむしろ、ずーっと、ずーっと、悩み続けながら、紆余曲折してきた。だからこそ、いまこそが僕の多様な経験の活かしどころだと思った。

 

バカとエリート、国内と海外、多様なことを経験してきたからこそ、みんなの問題にも身近に相談にのれると思った。

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また、そもそもコロナとか関係なしに、僕は前々から学生を支援するような活動をしたいと思っていた。特に、学校などで見放されているような学生(いわゆる”バカ”とか”ヤンキー”と言われる学生)をなんとか助けることに大きな問題意識をずっと持ってきた。でも、本来であれば、そのような支援活動は仕事を始めてからどうにかしたいなくらいに考えているものだった。一方、コロナによって、これほど簡単にオンラインでなんでもできるとわかってしまった以上、あとは行動を起こすだけだった。だから、僕はとりあえず試してみることにした。

 

このようなことが全て重なって、僕は2020年4月11日に「なんでも相談」を始動した。

 

まずは、無名な自分による「なんでも相談」というアイデアと自分の詳しいプロフィールの宣伝だ。正直、投稿ボタンを押すのには最後まで葛藤があったが、中国で学んだ「とりあえずやっちゃえの精神」で投稿した。

 

すると、心配もなんのその、すぐに相談の申し込みが入り始めた。例えば、中国の工場に行くために中国語を勉強したいというエンジニア、憧れの早稲田に行くために仮面浪人をしているという上京したての大学1年生、コロナで中止になった留学の代替案を探す大学院生など、いろいろな人から、いろいろな相談が寄せられた。

 

そして早速、宣伝を始めた2日後の4月13日から、実際にテレビ電話での相談を始めた。日本へ帰国して忙しくなる6月くらいまでは特に盛況で、2日に一人くらいのペースで話していた。しかも、1日で二人と話すなんてこともあった。また、基本的に僕は誰とでも気軽に話ができるので、普通に数時間、最低でも1時間とか相談することが多かった。話が1番盛り上がったときなんて、夕方から夜中まで7時間も話していた。

 

東京の大学へ入学するために沖縄から上京してきた大学1年生。でも、早稲田大学の社会科学部(僕の出身学部)に憧れているから、今は仮面浪人をしているという。コロナ禍の東京で、まだ一回も学校行けてないって言ってたから大変だったよな。今もなんとか、元気にやってるかな? 早稲田受かるといいけどな!

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留学先のブルガリア・ソフィアから連絡してきた日本の大学生。コロナで他の日本人はみんな日本に避難したのに、学校の命令にずっと逆らってブルガリアに残り続けてるって聞いておもしろかった(笑)。今さら帰ろうと思っても飛行機が超高くなってて大変だったよね…。ちゃんと帰れたかな? 彼女とはなんかいろいろと話が盛り上がって、最長の7時間も話してた。夜中の2時とかに話し終わったらお腹空きすぎて、そんな時間からマックを食べに行ったなー。

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かなり中国マニアの大学生との会。僕のYouTubeで、マニアックで全然人気にならない貴州省とか元上都の動画を楽しんでくれていたみたいで、すげーマニアだなって驚いた(笑)。今はコロナできついけど、また中国旅とかできるといいな! そしたら、また中国のマニアックな話しよう!

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記念すべき30人目の相談。北京の留学先で知り合った友達で、自分が通っていた北京の大学院とかについて相談した。大学院の応募はどうなったかなー? うまくいってるといいけどな!加油!

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このようになってくると、コロナ限定(広州にいるとき限定)で終わらせてしまうのももったいないなと思った。だから結局、僕は帰国後もしばらくは「なんでも相談」を続けることにした。日本では、相談できる日が限られてしまったが、それでも9月・10月・11月はほぼ毎週アポが埋まるなど、多くの人と話すことができた。そして最終的には、2020年の間に合計36人もの相談にのることができた。

 

その中には、やはり学生(大学生・大学院生)が多かった。でも、エンジニアやジャーナリスト、サラリーマン、プログラマー、主婦など、社会人もたまにはいた。また、大部分の日本人に加えて、中国人・韓国人・アメリカ人と話すこともあった。

 

こんなにも多様な人からなんでも相談にのるとなると、その内容は本当になんでもありだった。僕の経歴的にいかにも人気な分野としては、進路相談(受験・留学・就職など)や勉強相談(英語・中国語・資格など)、中国トーク(旅行・社会・文化・政治経済など)などがあったが、人によっては、ビジネス相談、育児・教育、恋愛、はたまたZoomの練習まで、本当にいっぱいなんでも話した。相談なんて固いことはいわず、ただ雑談を楽しむこともあった。

 

僕がみんなと話した内容のメモ。大体こんなことについて話すことが多かった。やっぱり、中国関係が一番多いかな?

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正直、毎回全く知らない人のなんでもありな相談にのることは簡単じゃないし、とてもエネルギーが必要な作業だ。というか、コロナで完璧に目標を失っていた僕自身も、中国に残っているときは、誰かに相談することが必要なくらい苦悩し、沈んでいた。

 

でも、それでも僕は、これまでの紆余曲折や経験を共有できたり、相談に来てくれた人の問題解決に貢献できたりすることが何より嬉しかった。だから、断念した「ミドルキングダムの冒険」とは全く毛色が違うものにはなってしまったが、コロナ禍の広州で今できることとして、「なんでも相談」を始めたことは本当に良かった。それが、当時の僕にとってのベストな選択をした結果だった。

 

僕も、みんなも、うまくいかないことに直面したりすることがよくある。当然ある。でも、そのときもただ落ち込んだりあきらめたりするのではなく、どんなときも今の自分にとってのベストなことに挑戦し続けることが、僕は大事だと思う。

 

「そっかー、大変だよねー。でも、じゃあ、今の自分にとってのベストな選択って何? なんで? じゃあ、それが取れるように、これからもがんばろ!」

 

 

最後に:

 

たくさんの人の相談にのっていて思ったのは、ほとんどの人が「自分は本当に何をしたいのか/何を成し遂げたいのか」というWhyについてよくわかっていないということでした。でも、僕が相談にのるにも、それがわかっていないと本当の意味でのいいアドバイスはできません。目指している方角(Why:目標)がわからないと、目の前の1歩(What:何をするか)をどこに向けていいか全くわからないからです。

 

つまり、ほとんどの人が、行き先もわからないのに目の前の分かれ道を選ぼうとするので、「どっちに行くべきなんだ・・・」と悩んでいます。つまり、ほとんどの人が、やりたいこと(Why)もわからないのに、やりたいこと(What)を選ぼうとして悩んでいます。そりゃ、悩みますよね。

 

じゃあ、どうするか。僕は、相談していてこのような問題を発見したときは、いつもその人たちのWhyとは何なのかを深掘りするようにしていました。「何がしたいの?」、「人生で成し遂げたいこと/目指していることは何?」、「今までこういう経験をしてきたのはなんで?」、「何に興味があるの?なんで?」などなど、初めて会ったオンラインの誰かに、いっぱい純粋な・本質的な質問をぶつけました。でも、大抵の人は、”何を”してきた/している/するというWhatは答えられても、”なんで/何のために”してきた/している/するという深い部分のWhyは答えられないんですよね。

 

だから、皆さん。進学でも就職でもどんな選択でも、悩んだら考えてみてください。「一体自分は何を目指しているのか(Why)」って。Whyがわかっていて目の前の選択肢に悩んでいるのなら、それは全く問題ないです。ただ考えて、ベストな選択肢をとっていくだけです。でも、もしWhyがわかっていないのなら、いま悩んでいるのは当然だし、たぶん悩み続けてもいい答えは出ません。だって、コンパス無しで大海原を航海してるみたいなもんなんだもん。だから、よーく自分を見つめて、見つめて、穴が開くくらい見つめて、自分にとってのWhyとは何なのか考えてみてください。

 

でも、そんな簡単にWhyは見つからないかもしれません。実際、それは簡単に見つからないから、みんな悩んでいます。でも、わからないからといって絶対に立ち止まらないでください。待っていても絶対に答えなんて出てこないからです。

 

そうなってくると大事なのは、とにかく多くを経験することです。そうすることで、自分の本当の好みとか興味がわかってくるからです。すると、徐々に自分にとってのWhyも見えてくるはずです。

 

時間はかかります。でも、とにかく、行動・挑戦し続けてみてください。そうすれば、いつかは一本芯の通った自分ができて、目の前のWhatに翻弄されるのではなく、遠くに繋がるWhyの光に導かれながら、今の自分にとってのベストな選択ができるはずです。暗闇で、目を閉じながら手探りで進むような悩みも消えます。それは、Whyがあれば、あの先に見える山をどうやって登るかという悩みに変わります。

 

これからもがんばろ!

 

Don’t wait for answers, just go for it!

 

僕と話してWhyについて考えてみるのもいいですよ!

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とりあえず、100人くらいまでは「なんでも相談」を続けようと思っているので、興味のある人は気軽に連絡してください!なんでも話しましょう!

 

それか、「なんでも相談」おもしろいねって思えてもらえたなら、ぜひインスタでも、ツイッターでも、フェイスブックでもなんでもいいので、ぜひ周りの人とシェアしてみてください!そうしてもらうことで、このような機会を必要としている人に見つけてもらえたら嬉しいです。

 

あと、「なんでも相談」に限らず、何か講演・座談会・相談会などの機会もあれば気軽に誘ってください!色々なヘンテコな経験を、必要とされているところで共有していきたいです!

 

よろしくお願いします!

 

いまの「なんでも相談」のチラシです!なんでもよろしくお願いします!

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(これから下は、話した人や口コミを書いてくれたものを少し紹介します〜)

 

コロナで留学が中止になった大学2年生。進路とか将来とかについて話した。彼は優秀でインターンとか色々なことに取り組んでいるんだけど、どこかWhyが見えなくてけっこう深掘りした。そしたら、色々やっているけど、それって結局「他律的」な部分が大きいんじゃないかってなって、彼は核心を突かれたようで一瞬泣きそうだった(笑)。でも、直球の話をしてもらえてありがたいと言ってもらえて嬉しかった。これからも頑張ってな!全然大丈夫だと思うよ!

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中国の国際関係とか思想、彼女の国籍問題などについて話した会。するどい質問とか難しい話も多かったから大変だったけど(笑)、何か為になる話をしようと頑張った。いろいろと複雑だったよねーー。どうにか、頑張ってほしいな!

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広州にいたときと日本に帰国したときの2回相談にのった日本の大学院生。中国の大学院に進むことに興味があって、僕の経験から、彼が実際に目指すための実用的なアドバイスまでいっぱい話した。あれからどうなったかね? うまくいっているといいけど!

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「ミドルキングダムの冒険」に興味を持って連絡をくれた社会人。ミドルキングダムの冒険で中国にも興味を持ってくれたみたいで嬉しかった。中国についてもいろいろと素朴な質問があって、僕は中国側の代表のように答えていました(彼女の友達からの質問もあった笑)。楽しくいろいろ話せてよかった!

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「なんでも相談」をした学生のつながりで相談にきた学生。海外大学院とか国際機関に興味があるっていうことで、けっこう実用的なアドバイスをいろいろと話した。これから留学に行ったりいろいろと活動したいだろうけど、コロナがどうにかなるといいなー!よく考えてるから、全部どうにかなるよ!がんば!

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(旅とパンデミック***21, 2021年1月22日)

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